JAきたみらいの作物

豆類

一粒一粒に込められた、作り手の手間と愛情

一粒一粒に込められた
作り手の手間と愛情

– JAきたみらいで採れる豆類について

白花豆はJAきたみらい管内で全道の約7割の作付けがされており、紫花豆はきたみらい管内で全道の約80%の作付けがされています。虎豆・大福についても胆振地方に次ぐ2番目の産地となっています。北海道産の白花豆と紫花豆といえば、きたみらい産と言われるほどの生産量を誇っているのです。(平成20年産 JA調べ)
日本での花豆の歴史は江戸時代までさかのぼります。花が大きくてきれいな為、当時はもっぱら観賞用として栽培されていました。食用としての栽培は、大正時代になってからです。きたみらい管内での栽培は、昭和30年代に温根湯地区で始まり、冷涼な気象条件に適していたことから、温根湯・留辺蘂・置戸地区で普及しました。花が白く、子実も白いものは白花豆。鮮赤色の花を咲かせ、子実が紫の地に黒色の斑が入っているものは紫花豆と呼ばれています。現在は、主として北海道で生産され、一部、長野県などの冷涼な地域でも作付されています。

白花豆はインゲン属の中のベニバナインゲンのことを言います。中でも白色の大きな花をたくさん咲かせるのが特徴で、子実も白色をしていることから名前の由来となり、白花豆と呼ばれています。
インゲンマメは中央アメリカ原産で、新大陸到達以前に、南北アメリカに広がったといわれ、紀元前4,000年頃のメキシコの洞窟からも発見されています。16世紀にスペインへ伝わり、最初は貴族の贅沢な食べ物として扱われていましたが、17世紀にはヨーロッパ全域へと広がり、更に世界中へと普及していきました。

– 豆類の生産から収穫まで

白花豆をはじめ豆類は機械作業ができない工程が多く、作業は基本、人の手で丁寧に行われています。

5月、一粒一粒を人の手によって丁寧に種を蒔き、6月の上旬には成長した蔓(つる)が3m以上にもなる為、女竹と呼ばれる支柱を立てて、竹に昇らせて地面に付くのを防ぎます。蔓(つる)が竹を昇っていくのを助ける為、一本ずつ丁寧に巻きつけていきます。支柱を立てる作業も蔓を巻きつける作業も大きな労力が必要となる作業ですが、同時にとても大切な工程です。
7月になると、畑一面に白や赤の花が一斉に咲きます。花が咲く頃に気温が30℃を超える日が続くと花が落ちてしまう為、冷涼な地域でしか栽培できないため、JAきたみらい地域は適しているのです。
10月、枯れてきた蔓(つる)を竹からはずし積み上げます。これを「にお積み」といい、大きなものは2m四方にもなります。しばらくの間、自然乾燥を行い、10月下旬頃に脱穀しJAの選別施設へと運ばれます。持ち込まれた豆は機械による調整と、最後は人の目と手によって一粒ひとつぶ選別され、出荷されます。

日本の食生活になくてはならない存在の豆類は、私たちの毎日の食事を支えてくれています。醤油・みそ・豆腐・納豆・あんこ等、調理の仕方でさまざまな顔を見せてくれるのが豆のすごいところ。2016年の国際マメ年を機に「豆のおいしさ」を見直してみるのはいかがでしょうか。

日中の寒暖差が激しくなり、木々の紅葉風景も楽しめるようになってくる9月下旬頃より、小豆(あずき)の収穫作業も始まります。コンバイン(収穫機)で刈り取られた小豆は、内袋入りのスチールコンテナへ排出し、生産者さんの手によって施設へと搬入された後に調整され、各地へ出荷されます。

日本の食生活になくてはならない存在の豆類は、私たちの毎日の食事を支えてくれています。醤油・みそ・豆腐・納豆・あんこ等、調理の仕方でさまざまな顔を見せてくれるのが豆のすごいところ。2016年の国際マメ年を機に「豆のおいしさ」を見直してみるのはいかがでしょうか。

豆類(白花豆以外も含む)を生産しているクラフトマンからのメッセージはこちら。

食べる人を喜ばせたい、
この地域の農業の姿。

米森  弘 さん

繋がりを大切に、
地域のブランドを高める。

有馬 慎吾 さん

生産を伝えることは、
消費者のプラスになる。

斉藤 正廣 さん