CTAFTSMAN.06

時間を計画的に使うことで、
暮らしも農業も大切にする。

端野町緋牛内の玉ねぎ・畑作農家

貝沼  隼人 さん

自由な時間と、農業。
私の家は、屯田兵の開拓時代のすぐ後に入植し、農地を開拓してこの地で農業を始めました。とても昔の話で今となっては詳しくはわかりませんが、相当な歴史があると聞いています。私も小さい頃から農業に触れ、ものごころが付いた頃には家の手伝いをするようになり、繁忙期は学校が休みだと遊びよりも農作業、ということも多くありました。

そのまま農家になるつもりで農業高校に進学したのですが、当時車が好きで整備士になるべく専門学校に入り、数年間札幌で整備の仕事をしていました。整備士として社会人をスタートしてみると、これまで自分が関わってきた農業との違いに気づくようになりました。会社に勤め働く環境では、与えられた時間の中で仕事をこなすという考え方のものに対し、農業は天気を見ながら自分で仕事の流れを作り、時間をコントロールしながら今すべきことに時間を使うというように、時間に対して自ら選択をするという自由な考え方や魅力に改めて気づき、退職し地元の家業である農業を営むことにしました。

当時は私も20代前半で、まずは家族を支え、技術を身に付けるのに精一杯でしたが、たくさんのことが身に付いていくにつれて、仕事の面白さに気付くようになりました。私たち農家は、食べてくれる人がいるからこそ日々のものづくりができます。日本一の生産地である北見地方だと、生産したものは北見産玉ねぎ、道産玉ねぎとして大規模な流通の中で全国各地のスーパー等お店に品物が並び、たくさんの流通を経て消費者に届くので、最終的な消費者の反応を直接知る機会は貴重でした。今の時代はSNSを通じて食べてくれる人の反応を知ることができ、遠くにいる友人からも、美味しかったよ、と数多く直接の感想が得られるようになりました。喜んでもらえることはとても大きなやりがいで、ずっと「美味しい」と喜んでもらえるよう頑張りたいと思います。

農業の生産技術は日々進歩しており、常にアンテナを高く持ち、最良の判断をする必要があります。自分一人だけで考えるのではなく、地域の農協青年部の仲間たちとの交流の中で、農業資材や栽培方法を日々ブラッシュアップしながら毎年チャレンジしてきました。気づけば初めてからかれこれ15年にもなります。作物の生産サイクルは1年単位で、現役生活を考えると後30年、生産の単位でいうとあと30回しか生産と収穫の機会が残されていないことになります。最新の技術だけでなく、これまでの栽培方法、その手法と結果との因果関係の観点など、様々な視点から毎年の方針を立てていきますが、その機会があと30回程度しかないと考えると、毎年、1年1年の生産は本当に貴重な機会です。

最近は異常気象も多く、100年に1度、と言われるような気候が度々起きています。生産環境としては非常に不安定な時代だと言えます。先輩のベテラン農家さんの考え方や判断も参考にしながら、リアルタイムで同世代の仲間たちとも情報交換を行い、正解も終わりもない農業技術を日々磨いています。悪いものを市場に絶対出したくない、という気持ちで毎年の生産に向き合ってきた結果、令和2年度では地域の農家のうち、玉ねぎの品質で最高の評価をいただくことができました。また、評価だけでなく、経営としても成立するよう、経営指標の管理なども重視しています。これまで培った観察眼や判断力だけでなく、定量的なデータも踏まえて生産と経営の最大値をとっていく農業経営には、まだまだ伸びしろがたくさんあります。

農家は大変、というイメージはまだまだ一般的で、私も小さいころから生活と農業が密接に結びついていたので、雨が降り、農作業が休みになることが嬉しい、と思うこともありました。今は私自身にも家族がいて、子供達がいますが、子供達には自信を持って友達に紹介してもらえる父親になりたいですし、農家であることを自慢してもらえたらと思っています。天候だけでなく、きちんと計画を立てて作業の段取りをつけ、家族との休日もきちんと過ごせる、農作業と暮らしのバランスを大事にするように特に意識しています。趣味のサバイバルゲームも息子と一緒に遠征して楽しんだり、学校や地域の年中行事などもできるだけ一緒に楽しむようにしています。
仕事も含め、生き方は楽しんだもの勝ちです。わからない未来の事を考えるよりも、常に後悔の無いように楽しむ事を大事にしています。毎日着る作業服も大事、キャップもオリジナルのものを作ったり、最近Tシャツも仲間たちとオリジナルのものを作り、楽しく働いています。